41歳になりました [ナツ旅]
<CONTAX Aria/Carl Zeiss Planar T* 50mm F1.4/Kodak TRI-X 400>
また一つ年を重ねることができました。
年を取るというとなんかあまり考えてないような気が個人的にして
あえて、重ねたいという気持ちが生まれています。
40から41までの一年は体感的にはとても長いものでした。
特に8月に入院し、その前から禁煙を始めてから時間ができて
そうすると仕事がはかどり、時間ができてジョギングができるという流れが生まれました。
自分がこの年で走ることを始めるということはまったく想像してませんでした。
どちらかというと運動自体を拒んでいたくらいです。
この一年てんびん座は超幸運な時期になるそうです。
チャンスを逃すことなく、だめもとでも、転職含め外に向けてチャレンジしていきたいと思います。
皆様も充実した一年となりますように。
40歳になりました [ナツ旅]
<CONTAX Aria/Carl Zeiss Planar T* 50mm F1.4/Kodak TRI-X 400>
なったのですが、無事にまた一つ歳を重ねることができました。
ただ感謝だけです。
40だからどう、とかこれをやらなきゃということはなく、
まずはこのまま生活を続けることが小さな目標。ちょっとした幸せがあると
とても嬉しいです。
何をしようとか大きな野望や何かあるんじゃないかという期待とかはとっくに捨てました。
毎日平凡でも良いからつつがなく過ごすこと。
人のつながりを大切にすること。
これから購入するものは、一生ものとその時の雰囲気のものとをはっきり分けること。
おかげさまでベースは30代で作られました。
40代は、そのベースを元に遊んでいけるような年代にしたいものです。
今後共どうぞよろしくお願いします。
ここからだろ、買い物が楽しくなるのは [ナツ旅]
<Canon F1/FD 55mm F1.2/AGFA 200>
ずいぶん着ていなかった服を30点、買い取りに出した。
結果買い取ってくれたのは13点、残りは返却に戻した。
一時代をつくったデザイナー、今も続くブランドだが低迷していた時のもの、
ずっと第一線を走っている人、そして数多あるセレクトショップのオリジナル。
この最後のオリジナルがクセモノだ。
今で言うPB商品なのだけれども、なんで買ったのか覚えていない。
覚えていないのは着ていないから。
お金がなかった時(今もない)、その時買うことの出来る服は、
その時しか着れない服で、そのあとは着ない服になってしまった。
クローゼットを見たら、白、黒、紺、茶(ベージュ)、青、カーキになった。
仕事を変えてスーツになったこともあるのだろうけど、シンプルになった。
その代わり生地が良くてツヤツヤしている。
さて、話は戻り、PBなのですが、ちょっと前のPBはコンビニも含めて
「安かろう、悪かろう」でしたが、セブンプレミアムの記憶が新しいように、
すごく質が上がっている。
特にUNITED ARROWSのオリジナルは本当にこの3年位で目覚ましく進化したと思う。
それは素材であり、デザインであり、トレンドを捕まえ、先を行き過ぎていない。
その代わり、昔のオリジナルのように安くはない。
ぱっと見価格は高いけど、すごく良質。質を見ると高くはないけど、安くもない。
まっとうな服を作っているような気がする。
これって僕達我が家にはとても大きなことで、
大好きなお店が大好きな商品を作ってくれて、ずっと着ることができるのだ。
そして体型が変わればお直しまでしてくれる。
ところで、最近の雑誌に「●●と同じファクトリーで作っています」とかあったりするのだけど
実はそれに僕はピンと来ない。業界の方なら信頼性や供給力や技術の目安になるのかと思うけど、
札幌にいた時から感じる「東京ドーム何個分」位、実はわからない。
そんなときは、考えずにとにかく袖を通して感じるのみなのだ。
梅雨が来る前に [ナツ旅]
<Canon F1/FD 55mm F1.2/Kodak TRI-X 400>
今まで持っていた服の3軍(この2年一度も袖を通してない服)を売ることに決めました!
(大切なモノはとっておくけど)ちょっと今までの買い物の精算を一回して、
次に進むために必要なことだと思いました。
そしたら15年モノのヴィンテージみたいな服ばかり集まりました
どうして、俺、ジョン・ガリアーノのTシャツ着ようと思ったんだろう?(謎)
帽子、シャツ、ジャケット、パンツ、ニット、パンツ、カーディガン、ベルト、バッグ、コートなど
総勢約30点で行ってきます!総額1万円になるかなぁ?
これでうちのクローゼットも大分風通し良くなるはず…。
そして心機一転。買取金額で新しい服を買うのだ!(きっと)
漂流・横滑り [ナツ旅]
<Canon F1/FD 55mm F1.2/Kodak TRI-X 400>
ゆっくりでも前に足を進めていることが大切だとあの人は云います。
ただあまりにも景色が変わらないのです。
一瞬の感動はあっても連鎖せず、ただただ歩いていると
何か足枷のようなものを嵌められた囚人の行進のような気がするのです。
立ち止まったら世界が変わって見えたと彼の人は云います。
一時の嬌声も上げることができず、ため息すら見咎められ、
地面を擦る足音も大きく世界に反響するのです。
傾斜30度の坂は、三角定規だと緩やかですが実は急斜面です。
僕は、その坂から静かに音を立てて、盛大にずり落ちているような気すらするのです。
100年に一度が連呼され、デジャブをまた見たような3度目の既視感と
嵐の前のあまりもの静けさ。光の重力があまりに重すぎて、心が横滑りしています。
今日の日は明日につながっているのか? [ナツ旅]
<Canon F1/FD 55mm F1.2/Kodak TRI-X 400>
いつまでも絶えることなく
友だちでいよう
明日の日を夢見て
希望の道を
空を飛ぶ鳥のように
自由に生きる
今日の日はさようなら
またあう日まで
信じあうよろこびを
大切にしよう
今日の日はさようなら
またあう日まで
またあう日まで
今日は明日につながっているのだろうか?明日は今日の延長線なのだろうか。
それとももっと先を見据えた上でのその過程なのだろうか。
この認識って実はとても大切なことだと思う。
今日、今という時間を無駄にしないためにも。
空転絶後 [ナツ旅]
<Canon F1/FD 55mm F1.2/Kodak TRI-X 400>
なんだか最近空回り。焦りはあるけど実態がない。
実態がないのに時間はすぎる。
なんだか周りは忙しそうだ。
仕方ないので作業をする。考えているふりをして思考していない。
追い詰められるのも嫌だけど、同じくらい何もできないのも嫌。
できないのではない、しない自分に気がついているから。
ゆっくりでも進めば良いと人は言うが、
20年前のCGのように、車は動いていないのに景色だけが過ぎていく
嵌めこまれた繰り返しの残像。
“O”-正・反・合 [ナツ旅]
<Canon F1/FD 55mm F1.2/AGFA 200>
昨日ファッションから遠ざかるような記事をポストしたのだけど、
決して遠ざかるのではない。より絞り込むような、ずっと着続けれるような、
そして身の丈からちょっと上のものは選んで着る気は変わらない。
衝動的な買い物を控える(これは服だけでなく)し、突発的な発言も控える。
流れに身を任せてみながら、その流れを見つめるような
ある判断(定立)とそれと矛盾する判断(反定立)と
正反二つの判断を統合したより高い判断(総合)を体の中に取り入れる。
生活に根ざし、豊かさを求めたい。豊かさというよりも豊潤という方が感覚的にはあっている。
ビビットくるものもある。仕方なく買うものもある。ちょっと無理しても買うものがある。
その中で、流れを見て使わなくなる可能性のものは考える。
現実的に今の職場上、昔はジャラジャラつけていたリングも、
結婚指輪を入れて3本になった。台湾のおみやげで買った翡翠のリングはもう無くした。
思い入れのないものは勝手に体から離れていくようだ。
だから、時間のあるときにそんなものをまたナツマチ雑貨店に回すことにする。
もしくはお直しして、ザオリクする。改造する。梅雨までもう少し。
今年は例年と違って、Tシャツもちょっと着てみたいような気が久々にする。
(そして購入済み)。この夏も紫陽花のように和やかに賑やかに過ごして生きたいと思うのです。
言ってしまった一言を言われたら [ナツ旅]
<Canon F1/FD 55mm F1.2/Kodak TRI-X 400>
目は口ほどに物を言うと斯く人は云い、
ペンは剣よりも強しも強しと其人は云い、
それでも言わずにいられないのが人なのであれば
何があなたをそうさせるのか、
捻くれて拗れた子供の駄々のような突然の行動の裏にある
そうさせたモノはなんなのか。
それが僕なのであれば喜んで償いたいと思う。
黄色と赤の街、九份 [ナツ旅]
<Lomo LC-A/AGFA 200>
ゴールドラッシュで栄えた漁村、九份。
すでに金は採り尽くされており、街だけが残った。
山に張り巡らされた道は迷路そのもの。
観光客がぞろぞろと動き、臭豆腐の匂いが突然鼻を突く。
臭豆腐はもはや兵器だ。
千と千尋の神隠しの湯屋のアイデアの元となった茶房でお茶をいただき、
21時ごろ台北に戻る(バスで来るのに2時間かかった)
帰りは、九份から何らかの手段で瑞芳まで行き、電車で台北を目指す。
しかし、九份に止まっているタクシーは台北まで1,000台湾ドルであれば乗せるという。
そんなバカバカしいことはないので、流しのタクシーを強引に止め、
瑞芳まで200台湾ドルで交渉し、バス待ちの長蛇の列を尻目に抜けていく。
瑞芳の駅の周りには、キリスト教信者達が集まって歌を歌っていた。
それはとてもデモを起こしている学生たちとは正反対の平和な風景だった。
曲はボブ・ディラン。
瑞芳から台北まで150台湾ドル。
We would like to go to Taipei.
How much?
Where should we get on the train?
Which 月台(ホームのこと) do we go?
優しい駅員さんが丁寧に答えてくれる。
これで強引にチケットと乗り場を確定させて意気揚々と台北へ。
ちなみに指定席の値段も自由席の値段も電車代は同じ。
ちょっと固い座席と古ぼけた蛍光灯の明かりの中、
うとうとしながらも30分で台北に到着。
まだ一日目は終わらない。次は中山夜市で晩御飯をとりにむかう。
ちんけなナショナリズムにこだわっているなんてバカバカしい。
近くても知らない世界はまだまだたくさん転がっている。